【コラム第71回】 天災と人災

このたびの東北大震災の大きな被害の中でも深刻さを増しているのが、原発事故による放射能の影響です。原発にひとたび有事があれば、膨大な処理費用と簡単には回復できない放射能汚染が起こることが事実となって突きつけらました。

我々が豊かな生活を享受するため、ローコストな発電として作り続けてきた原子力発電所が、実は大方の予想をはるかに超えるハイリスクを抱えていたわけです。我々は経済優先のツケを、最悪の形で払わされることになりました。

災害には天災と人災があります。地震をはじめ、落雷や台風、隕石落下などの天災は人間の力では防ぎきれません。しかし人災についてはそれを防ぐ手立てがあるはずで、その点において天災と明確に区別するべきです。

今回の東北大震災について言えば地震も津波も天災です。しかし原発被害は明らかに人災です。

東北大震災では、高さが15メートル以上にも達する大津波が現実に起きました。しかし福島第一原発では、そのような大津波は想定していませんでした。この「想定しなかった」こと自体が、すなわち今回の原発被害が人災であると端的に物語っていると思います。

ひとたび事故が起きれば、広大な地域に長期間に渡って放射能被害が及ぶ原発では、「想定していなかった」などと言う言い訳が許されるものではありません。

今回の地震で福島第一原発と同様に大津波が襲った宮城県の女川原発では、大津波の被害を避けるため、海面から14.8メートルの高さに原発の敷地を整備しました。今回の津波は敷地とほぼ同じ高さで、一部に浸水があったものの、重要施設への被害はありませんでした。女川原発の敷地が地元の地震被災者の避難場所になるほどでした。

福島第一原発の想定していた津波は5.7メートルで、1~4号機が設置されたのは海面から10メートル、5・6号機が設置されたのは海面から13メートルの高さの敷地です。そして今回の地震では1~4号機全てが大津波に飲み込まれ、安全対策は完全に破綻したわけです。この明暗を見ると、改めて福島第一原発の事故が人災だという思いを深くします。

さらに女川原発も、より大きな津波や別の形の災害が襲えば原子炉が破綻し、撒き散らされた放射能が地球上に広がるような事態も考えられるわけです。どんなに防御の設計をしてもそうした危険は残るわけで、「作らない」こと以外に根本的な解決策はありません。

今回の原発事故を受け政府では、子供達の年間被曝限度を20ミリシーベルト未満とする目安を発表しています。それまで1ミリシーベルトとしていたのを一挙に20倍にしたわけです。私は許しがたい暴挙だと思いますし、多くの方がその基準を不安視しています。

10年、20年と経過し、子供たちが成長した時にもたらされる被害については、良く分からない部分があるだけに不安を掻き立てるわけです。その不安の中で生活しなければならない心情を思うとき、改めて原発のもたらしたマイナスを思います。原発事故という「人災」が人類にもたらしたものです。

宮司でもある私は、神道の説く「自然との共生」の大切さをかねてから感じてまいりました。人間が、欲望に任せてエネルギーを使ったり資源を浪費したりすれば、いずれ自然から大きなしっぺ返しを食らうと思います。

限度を超えた消費生活は慎み、自然に感謝の気持ちを持って生き、そのような考え方に基づいた社会を作っていく。今回の地震と原発事故は、こうした中庸の精神の大切さを改めて考えさせる出来事でした。

今回の事態を踏まえ私は、有事に人間が制御できなくなるような原発への依存は縮小させ、近い将来全てを廃止すべきだと思います。そして、原発推進を掲げてきた日本のエネルギー政策は、抜本的に見直すことが不可欠であると思います。

新たなエネルギー源として取り組むべきは、太陽光発電であり、バイオマス(植物などを原料にした発電)であり地熱であり風力であり潮力であり、こうした自然の力を利用した「再生可能エネルギー」です。再生可能エネルギーなら、化石燃料とは違い地球温暖化につながるとされるCO2の問題もありません。

再生可能エネルギーの開発には、官民一体となった「日本丸」で取り組むべきです。原発にかけていたコストをそちらへ回すことで、大きな開発資金が生み出されるはずです。また、発電と送電を分離することと、企業の自家発電や家庭の太陽光発電機器の設置などをサポートすることで、リスク分散を図るべきです。

原発事故は世界の人々にその危険性を再認識させました。そして再生可能エネルギー開発の必要性を認識させたと思います。日本が持ち前の技術力でそれらの発電技術を切り拓き、世界に先駆けたモデルケースを構築すれば、必ずや世界の賞賛と尊敬を集め感謝されると思います。新たな雇用も生み出し、技術の輸出力も可能となります。

再生可能エネルギーが原発の代わりを果たせるようになるまでの間は、原発による発電を続けることもやむ終えません。そのためには、万全な安全対策が求められます。

福島第一は津波で電源が絶たれ、あのような事態に陥りました。電源を確保する対策をすぐ取るべきです。そのために防潮堤が必要なら、例え20メートルの高さが必要であっても作るべきです。そのための費用は、福島第一原発のような事態を回避できることを考えれば安いものです。

柏崎原発では今回の事態を受けた緊急対策として、津波の想定を13.2メートルに変更する対策と、それに対応できる10メートルから15メートルの高さの防潮堤を作る方針を打ち出しています。今までの津波の想定は、わずか3.3メートルだったと言いますから、危機意識が全く欠如していたのは明らかです。

そうした防潮堤は、津波には一定の効果を発揮すると思います。しかしそのような今回の福島第一原発の事故を受けた対症療法的な対策だけでいいのか、それ以外にどういう対策が必要なのかについては、専門家による徹底的な検証が必要だと思います。

当然原発の新規増設はストップするべきですし、運転停止中の数基の原発の運転再開についても拙速を避け検討することが必要だと思います。

今回の原発問題では、情報開示の不足が不安の根底にあると思います。放射能による汚染の状況や今後の予測などの重要な情報について、「パニックを恐れた」などの言い訳をしていますが、隠蔽していたケースが目立ち、それによる不信の拡大が起きています。

現在起きている不安心理は情報開示を徹底的に行うことにより、払拭できる部分が大きいと思います。それにより農産物への風評被害もなくなるでしょうし、海外からの信用度も増すはずです。もし仮に深刻な状況を伝える情報なら、尚のこと開示する必要があります。

思えば日本は、黒船来航の危機を明治維新で乗り越え、敗戦で壊滅した経済を世界第2の経済大国にまで発展させました。そして3たびこのような危機に遭遇することになりました。過去2度の危機には柔軟な国民性による力を発揮し、新しい日本に生まれ変わってきました。今回の3度目の危機においても、これまでの呪縛から解き放たれて、あらたな姿勢で再生に取り組むことが求められていると思います。

池田 弘