【コラム第44回】地域密着型スポーツを志す同志

  金融危機に端を発した不況が、「企業スポーツ」の世界に大きな打撃を与えています。ホンダの自動車F1からの撤退、アイスホッケーの名門、西部の廃部。企業に頼りきるスポーツのあり方への私の危惧が、この不況の中で現実のものとなっているのです。
  これに対して、地域密着型の新しい理念を掲げて誕生した日本初のプロバスケットボール・リーグ、Bjリーグ誕生の立役者の一人となったのがBjリーグ・コミッショナーの河内敏光さんです。
  その河内さんが、私が塾長を務める未来塾の12月の講師を務めてくれました。

  河内さんとの出会いは90年代の終わり頃、河内さんが「企業スポーツ」のあり方に限界を感じている時でした。
  私は既にサッカーを通して「地域密着型スポーツ」を実践していましたが、それはバスケットボールでも十分に可能と考えていました。
  当時三井生命バスケットボール部に在籍されていた河内さんに、地域コミュニティーを軸に地域の住民と企業が共にチームを支えあうという、新しいスポーツチーム経営の理念をお話しました。そして彼のやる気を確信した強烈なできごとがありました。ある日河内さんが私のもとに現れてこう言ったのです。
 「三井生命に辞表を出してきました。」
これからどうするのかと彼に尋ねると…
 「池田さんと一緒に地域密着型の新しいバスケットボールリーグを立ち上げたいと思います。」
  なんとまだ正式な約束もしていないのに、会社を辞めてきたというのです。しかしこの件で私は彼の本気を確信しました。そして、河内さんがどんな男なのかを理解したのです。

  河内さんが責任者となって99年10月バスケットボールの新球団準備室を設立、2001年日本初の地域密着型プロバスケットボールチーム「新潟アルビレックス」が誕生しました。
  新たなプロバスケットボールのあり方を志向する河内さんが率いる新潟アルビレックスはJBLを脱退。日本で初となるプロバスケットボールリーグの立ち上げに奔走し、2005年秋bjリーグ発足に至ったのです。
  確かにかつて企業スポーツが日本のスポーツを支えてきたことは事実です。しかし中央集権の時代から地方分権・地方自立の時代に移行しつつある中、スポーツのあり方も変わらなければならないと思います。
  プロスポーツを、地域とかけ離れた存在として運営するのではなく、地域に密着し、町興しにもつなげ、ひいては地域経済にも貢献する。こうした我々の考え方は、今、日本のスポーツ界にもインパクトを与えつつあります。

  Bjリーグは来期には京都のチームも参加し、13チームを擁するリーグとなります。順調に観客動員数も増えており、次のシーズンで100万人の観客達成を目標にしています。メジャースポーツとして一つのラインに到達した証となる数字です。

  講演の中で河内さんは、「人生にはいろいろあるだろうが、夢を持って欲しい。夢を持ち続ければいつかは叶う」と力説していました。
 「夢は与えられるものではなく、自らが持つものだ」という、私が考える夢のありかたと通じる考え方です。
  そして河内さんは、バスケットボールをやる場所、機会の受け皿としてBjリーグを育ててゆきたいとしています。かつては高校を出たらもうバスケットボールをやる機会がないような状況でした。
  そんな中意欲のある人にチャンスを与えたいのだと河内さんは力説していました。選択肢のたくさんある社会、子供が夢を持てる社会こそが豊かな社会であり、その中の一つの舞台としてBjリーグを育ててゆきたいとしています。
 
  一筋縄ではいかないスポーツの世界ですが、そんな中で同じ夢を持てる仲間として、これからもお付き合いさせていただきたい方との想いを新たにした河内さんの講演でした。

池田 弘