【コラム第43回】異業種交流会501から公開企業

 私は新潟の活性化のために、異業種交流会501という起業支援組織を主宰し会長を務めています。現在新潟と東京を中心におよそ90社が加入しており、月に一回、ベンチャー企業などの経営者などを講師として招いたり、テーマを設定した意見交換会などの活動を行っております。
 ちなみに前回は、「ビジネスの常識を疑え~既成概念を打破しよう~」と銘打ち、事業の経営に当たって常識だと思われているが自分は必ずしもそう考えないことをテーマに、100人以上の参加者がグループ討議を行い、グループごとに討議内容の発表を行いました。

 参加者はいずれも企業の社長や幹部クラスの方々ですが、人それぞれの多彩な切り口の考え方が示され、予想以上の活発な議論がなされました。皆さんとても勉強になったようで、私も大いに触発されました。
 この会の目標は、「新潟を中心に新たな企業を生み出し、501社以上の、公開もしくは公開並みの企業を育成しよう」というものです。501社である所以は、明治の大実業家、渋沢栄一が500社と言われる企業の支援を行った事に習い、それを1社でも超えたい、というところから来ています。

  先日、異業種交流会501に所属する企業としては3社目として、マイコロテクノロジー(株)が、日本証券取引業協会が運営する未公開株取引制度「グリーンシート」への登録を行いました。
 新潟市に本社を置き、健康食品を製造・販売するマイコロジーテクノ(株)です。グリーンシート市場への登録は、現在、全国でおよそ70社、新潟では3社で、マイコロジーテクノでは、近い将来への新興企業向け市場への上場の足がかりとすることにしています。

 マイコロジーテクノの津野芳彰社長は、私が期待する経営者の一人ですが、彼との出会いはもう23年も前のことになります。
 そして紆余曲折ありのドラマチックな経緯で、グリーンシート登録に至ることができたのです。  
 津野社長は、29歳まで新聞配達をしていました。苦学の末、昭和60年に立命館大学を卒業して私が理事長を務める新潟総合学院(NSGグループ内法人)に入社。学習塾の講師などを務めたのち、高等専修学校(NSGグループ)の立上げに当たりました。
 その高等専修学校の副校長に就任、実質的な責任者として運営を任せました。NSGグループでは、各学校の責任者やグループを統括する部門の責任者を「部門長」と呼びますが、この部門長になることが多くの職員の目標になっています。
 ところが津野さんは、せっかく得たこのポジションを辞退して、退職したいと言い出したのです。かねてから面白い人材だと、注目していた一人でしたので、大変驚きました。私は、関連の商事会社を紹介し、そこで思いっきり手腕を振るってもらえないか、とお願いしたところ了承してくれました。

 この商事会社で彼は、様々な事業の可能性を追求しました。最終的に落ち着いたのは、環境と農業をテーマにした事業でした。微生物や菌類の研究をし、生ごみの堆肥化から有機栽培の米の販売まで手がけました。
 平成10年8月4日に、新潟で記録的な水害が発生しました。そのとき私に、被害にあったキノコ会社から援助を求められました。菌類の研究をしていた津野さんにその会社を調査してもらいました。
  するとその会社には、世界3大珍味のトリュフの中でもさらに高級食材として有名な白トリュフの種菌があると聞きました。学会発表や、新聞や雑誌にもとりあげられていました。
 そこにビジネスチャンス有りと、平成11年に津野さんは独立してマイコロジーテクノ(株)の前進となる会社を設立します。
 津野さんは勇んで、その「白トリュフ」(1キロ100万円以上するそうです)を西洋料理の本場、フランスとイタリアへ販売に行きました。すると…それは白トリュフとはまったく別のキノコだったことが分かりました。そもそも「白トリュフ」とはどんなキノコなのか、日本では識別できる人が稀で、確認できなかったための悲喜劇でした。

 このキノコ、確かに3大珍味ではありませんでした。しかし、ひょっとするとそれ以上の価値を持つかもしれないすごいキノコにめぐり合う事ができたのかもしれないと思うに至ったのです。そのきっかけは、食べた方々からの思いがけない反響でした。
 曰く「あのキノコを食べたら調子が良い。」実は私も常食するようになって、妙に体調が良くなっていたのです。

 若い人たちの起業支援をしている私が、度々経験してきた場面が、まさに決断の場面、あるいは進退を決める場面での、彼らとのとことん納得するまでの話し合いです。
  この時も、このキノコを本格的な研究の俎上に載せ、ビジネスとして進めるかどうかで、津野社長と何時間も話し合いました。酒も飲まず、腹を割って話し合ったのです。私は、その事業の可能性と社会性を彼に説きました。そして彼は気持ちを固めたのです。

  大学の研究機関などで実験・分析をしてもらったところ、健康食品や化粧品の原料となる可能性があることがわかりました。
  3大珍味から健康食品へ、津野さんは大きく舵を切りました。平成15年、健康食品の製造・販売を目的とするマイコロジーテクノ(株)を設立。事業を開始してから、厚生労働省からの指導で研究開発や安全性確認ばかりに資金導入がつづきました。私を含め、多くの方々からの出資で、5年間で4億円にまで投資額が膨らみました。
  彼は会社設立以来、「上場するまでは酒を絶つ」という願を掛け、それから一滴のアルコールも口にしていません。

 そのキノコは、「バシディオマイセテス-Ⅹ」と命名され、様々な研究機関で学会発表や論文発表が出されました。
 国際特許も出願し、2008年10月までに、日本をはじめヨーロッパ、ロシア、中国、韓国、香港で特許を獲得しました。
 公開が難しいと言われる健康食品業界ですが、わずか社長と社員で3人の会社がグリーンシートへの銘柄登録を果たしたのです。
 健康食品業界では初めてということで、様々な審査が行われました。研究機関などによる研究結果の信頼性と、コンプライアンスを遵守する企業姿勢が認められたものと、大変喜んでおります。

 私は津野さんを見ていて、「事業を自ら起こす」ことの喜びを彼の全身から感じます。異業種交流会501には、津野さん(52歳)よりはるかに若い起業家たちがいます。彼ら若き起業家に共通して言えるのは、自らが選択した人生を掛け値なく活き活きと送っていると言うことです。
 私もまもなく還暦を迎える年になりましたが、彼らを見るとき、私が若かった頃より一途に信じてきた「新たな事業を自らの手で起こす」という生き方が本当に素晴らしいものであるということを改めて感じるのです。

池田 弘