【コラム第22回】 NSGグループ30周年に思うこと

 今年度私どもNSGグループはおかげさまを持ちまして設立30周年を迎えました。これもひとえに皆様方のご支援の賜物と感謝致しております。
 昨年11月、30周年の節目に今までの教育事業の集大成として昨春開学した事業創造大学院大学の特別講義として、『NSGグループ30周年記念事業客員教授 奥田碩(おくだひろし)氏 特別講演会』が実現致しました。奥田氏は、前経団連会長であり株式会社トヨタ自動車取締役相談役で、強固なリーダーシップにより『世界のトヨタ』を改革した日本経済界の重鎮です。大変御忙しい方ですが、NSGグループのために快くお引き受け下さいました。新潟ではなかなか聞く機会のない貴重な講演とあって、700人定員の会場は学生と地元企業の方々の熱気で溢れました。私自身も東京での勉強会で奥田氏の講義をお聞きすることがありますが、この日は特別な気持ちで聞かせていただきました。何故ならそれは、このような価値ある講演会をNSGグループが学生達や新潟の多くの方々のために催すことができるようになったことに喜びを感じ、大変感慨深かったからです。
 私は、新潟の中心部の小さな神社の跡取りとして生まれました。跡取としての運命に悩み過ごした思春期、ニーチェの最期の言葉「これが人生か、さればもう一度」という言葉に出会い、この新潟で神主をしながら自分の人生を前向きに考えようという決意ができました。そしてその後、インドの開放とカースト制度撤廃のためにハンガーストライキを行い多くの人に支持されたガンジーを、経済的に陰から支えたという実業家の存在が、私を『創業』に向かわせました。
 神職の資格を取ったり渡米したりして新潟に戻り、同じ時期にフランスから戻った従兄弟の渡辺敏彦さん(現学院長)と新潟の地で教育事業をやろうと決意したのは、私が25歳、渡辺さんが27歳の時でした。私達はお金もない、何もない、ただ希望だけに燃えている若者でした。
 当初神主である親父や氏子さんたちは猛反対でしたが、最後は私達の熱意を感じてくれた年配の氏子総代さんの後押しで親父達も賛成してくれました。それぞれの親父から2人で資金を500万円ずつ借り、愛宕神社の境内地内に木造2階建ての小さな校舎を作り、NSGグループ最初のカルチャースクール、国家資格取得と5カ国語の学校、進学塾を始めました。今思えば質素な暮らし振りの親父達が出してくれた当時の1000万円は相当な大金です。黙って差し出してくれたことが何よりの励ましでした。
 今も私が本拠地にしている新潟市古町の本部事務所はその時からの建物です。高層の専門学校校舎や病院の建物を想像され訪問していただいた方々は、その質素さに驚かれます。お客様から見えない廊下の壁やドアなど昔のままになっているところもありますし、改装のたびに学生達が残した落書きがひとつ、またひとつと消えていきましたが、今でもところどころに懐かしさを残しています。
 開校当初はとにかくお金がなく、教えてくださる先生に来ていただくのも大変でした。とにかく夢を語るしかないですから、「新潟で人育てのための教育を一緒にやりませんか。」「作るからには日本一の教育機関を作りたい。」と随分熱く語りましたが、わずかな生徒に対しての歩合給しか払えません。それでも先生方に必死にご理解願い、来て頂いていました。
 資格や技術のある専門職の時代の到来とともに専門学校という新しい学校の制度が出来、時の流れとともに様々な業種の様々な資格・技術に対応した専門学校を開校、増えていく教職員と共に一丸になってがむしゃらに進んでまいりました。
 しかし決して順風満帆だったわけではなく経営的危機も何度か訪れました。ボーナスが満足に出せない時には、職員ひとりひとりに向き合って話をし、堅い握手で理解を求めたこともありました。そのような時期をもやる気溢れるNSGスピリッツで乗り越え、ついてきてくれた職員には心から感謝をしています。
 30年を経た現在、専門学校は新潟23校・郡山5校。日本最大級の専門学校グループになりました。世に卒業生を送り出し続け、この春で卒業生総数は新潟で約5万4千人、郡山で約7千4百人にもなります。就職先の上司や先輩も卒業生などということは今ではすっかり当たり前の話になりました。これはNSGグループが長年に渡り、確かな人材を育て、地元企業に送り続け、それが認め受け入れられているという証でもあります。大変有難いことです。
 創業時には、若者が技術や資格を身につけるために首都圏の学校に行ってしまいそのまま就職して戻らないという新潟の風土が残念でならなかったですが、海外の一流校との連携など志高い教育を行い続けてきたことが実を結び、今は若者が生まれた土地で学び、海外研修で視野を広げて地元に就職し、活躍することができるようになりました。近年、県内はもとより県外からもNSGグループの学校をわざわざ選ぶ学生も増えてきています。それは首都圏に負けない教育を日々頑張って実践している学校スタッフ、教職員の成果だと誇りに思うところです。
 寺子屋のように始めた進学塾も、今ではNSG教育研究会をはじめとする「NSGアカデミーの学習塾グループ」として、南北に長く伸びる新潟県の各所、そして郡山にも広がり、その数現在58校になります。どの地域でもなくてはならない塾となり、毎年多くの子供達、保護者の方々から感謝のお言葉を頂ける塾に成長しました。長い間に築き上げた実績は新潟県内の難関高校の合格者占有率がトップ塾としての信頼を生み、『NSG』の名前をブランドとして育ててくれたといういささかの自負も持っております。
 長年地元で地道に事業を行っていますといろいろなお言葉を頂戴することがあります。先のような「就職先に先輩がいた。」「息子が中学の時にNSGには本当にお世話になりました。」という声や「姪っ子が専門学校に通っていて資格を取ろうとがんばっている。」「隣のうちの子が新潟医療福祉大学に合格した。」「愛宕福祉会の施設でうちのおじいちゃんがお世話になっている。」「開志学園はサッカーや音楽に打ち込める高校なんですか?」「親戚の人が先生をやっている。学生相手に頑張ってやっている。」等々。
 NSGグループ30年の軌跡の中で、いかに地域の多くの方々に関わらせて頂き、いかに支えられて成長してきたかということを実感せざるを得ません。そして、地域の方々おひとりおひとりと何処かで繋がっている『絆』を感じ、喜びとともに、改めて地域の教育・生活の一端を担う企業の責任を感じるところです。
 専門学校・塾に加え、開志学園高等学校、新潟医療福祉大学、事業創造大学院大学、クレアール(資格取得)、医療法人愛広会による病院・介護老人保健施設、社会福祉法人愛宕福祉会による特別養護老人ホーム・身体障害者療護施設・ひだまり保育園、イリノイアカデミー等々、幼児からお年寄りまで関わらせていただくNSGグループになりました。その間にもサッカーチームのアルビレックス新潟やその他のスポーツでのアルビレックスの拡大などに参画させていただきました。そして、近年は真の地域の発展には多くの優良な雇用の場が必要と考え、NSGグループが中心になり、異業種交流会501を設立し創業支援を行っています。
 しかし、まだまだやらねばならないこと、やりたいことはたくさんあります。老いも若きもいきいきと自分らしく生きるために、生涯学びつづけ、前向きに生きるという方々を応援するNSGグループ足り得る為、今後も地域の皆様のお力をお借りしながら、これからも地域に根ざし、地域の為に歩んでいきたいと思います。
 末永くご指導・ご鞭撻の程心から宜しくお願い申し上げます。

池田 弘