【コラム第21回】 志を持って生きるということ

 先日、新潟日報社のスポーツ大賞を受賞したチームアルビレックス新潟の皆川賢太郎選手が来訪しました。トリノ五輪で50年ぶりのアルペン種目4位入賞を果した皆川選手の果敢な戦いぶりとプロとして意識高いコメントはウィンタースポーツファンだけでなく、多くの日本国民を魅了し、所属するチームアルビレックス新潟の名を一躍有名にしました。残念なことに今シーズン幸先よいスタートを切りながら12月8日オーストリアでの練習中に右膝前十字靭帯断裂、現在復帰に向けた治療に当たっています。若い時から「プロ」ということに拘り、期待や信頼を数字で返したいと強く思う彼は今シーズン数字を届けられない事が悔しく辛いと話していました。
 実は、彼は前々回のソルトレーク五輪後にも左膝前十字靭帯断裂の怪我をし、そこからトリノ五輪への4年が始まりました。今回もバンクーバー五輪のスタートがまた怪我から始まることになってしまいました。先回と違うのは奇跡的に前十字靭帯以外の損傷がないため早期復帰が望まれること、そして皆川選手が少しも立ち止まっていないということです。気持ちを切り替え、この先の4年間を既により客観的に考えていました。「この怪我は通過点にすぎず、自分に与えられた壁はやっぱりクリアしたい、そしてまた自分がどのようにして次のシーズンを迎えるのかを見てほしいし、来シーズンは期待を裏切らないよう毎日を大切に使いたい」と彼のブログにも前向きな言葉が並べられています。私の前で語る彼の目にも確かな志をもって自分の道を生きている闘志が満ち溢れていました。
 この皆川選手の傍らにはこの春まで、ウィンタースポーツの普及とチームアルビレックス新潟の育成に強い思い入れを持って取り組んでいた故小林英則前社長の姿がありました。小林前社長はチームアルビレックス新潟の運営会社創業後、皆川選手に負けず劣らずの闘志で力強く日々チームアルビレックス新潟のために奔走していました。日本では珍しい形態であるウィンタースポーツの市民クラブの普及・浸透は簡単なことではなく、経営には苦戦をしいられていました。それだけに皆川選手が果敢な戦いぶりで入賞した瞬間を現地で迎えた喜びはこの上ないものだったと思います。帰国後私とも手を取り合って感激に涙しました。皆川選手の入賞はメディアにも大きく取り上げられその対応などに追われる中、彼に突然の死が訪れました。4月12日、享年45歳でした。健康診断では予兆はなかったとのことでしたから、本当に突然のことで、それだけに志半ばで逝ってしまった本人の無念ははかりしれないものだったと思います。ご葬儀には精一杯志を持って生きた彼の姿を偲ぶ多くの人が集まりました。彼が大切に育ててこられたお子さんたちを父のような人に育てていきたいと語る奥様の喪主挨拶がとても印象的でした。
 そして彼が大切に育ててきたチームアルビレックス新潟の運営を受け継いだのは創業時から苦労をともにしてきた若い職員でした。その山谷剛新社長が熱い志を継いで着手した3シーズン目のチームアルビレックス新潟は新メンバーを迎え既にスタートを切っています。スキーは皆川選手に加え、トリノ五輪出場後は技術戦で初出場初優勝を狙う吉岡大輔選手をはじめ、新メンバーとしてトリノ五輪複合団体6位に入賞した北村隆選手にも期待がかかっています。スノーボードでは、プロ戦優勝をめざすことはもちろんクォーターパイプ日本人投票1位の期待を受け『X-TRAIL JAM IN TOKYO DOME 2006』に参戦した谷口尊人プロを筆頭に昨年以上の活躍が期待されています。2年目となる赤倉観光リゾートスキー場の『フリーライドパーク』も多くの来場者が予想され、チームアルビレックス新潟の中核事業として軌道に乗ってきました。いよいよ、これから冬本番、ウィンタースポーツ真っ盛りでチームアルビレックス新潟の注目度も益々上がってくることでしょう。
 私は新社長率いるチームアルビレックス新潟の中に小林前社長の志・魂は今もなお生き続けていると実感しています。小林前社長の死は、「肉体は死んでも魂は永遠」ということを私に改めて確認させ、「生」と「死」を深く考えさせました。
 このたび私が会長を務める異業種交流会501で慰霊碑を建立することを提案しました。この先異業種交流会501が未来永劫継続していく中、はからずも志半ばで亡くなってしまった会員並びに会員所属法人職員の功績を称え、魂を慰霊していきたいという思いからです。会員の賛同を得、まもなく愛宕神社の境内社である口之神社前に建立される予定です。
 年の瀬の慌しい時を過ごす中、来訪した皆川選手の再々度の復帰決意に触れ、志を引き継いだ新社長の難しい経営へのチャレンジに敬意を表し、その発展に支援を続けたいと思いました。

池田 弘